「専業主婦」になってやめたこと

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みなさま、おはようございます。
私、一般的に言うと「専業主婦」という属性になるのですよね。あえて括弧付きで書いています。

海外で働く配偶者と一緒に暮らすために新卒で7年勤めた会社を辞めて、いわゆる「専業主婦」になったのですが、今日はそれについて純粋に私が感じていることと、「専業主婦」になってからやめたことについて共有します。

「専業主婦」になってみて

いざ仕事を辞めると決めてから、1か月の有休消化期間を経て、「専業主婦」になりもうすぐ3か月…ずっと変わらずあるのは、自分的には、自分が「専業主婦」であるという自覚がまったくないこと。

「無職の既婚者」の方がずっとしっくりくるし、私自身そのように感じています。
なぜなのかざっくばらんに考えてみると、こんな感じでしょうか…

  • 「専業主婦」=家事の主担当というイメージがあるので、そう言えるほど家事をしていない
  • 休職でも転職でもなく、自分にこんなに早く仕事をしない期間が来るとは思っていなかった
  • 「専業主婦」という言葉にバイアスがあるかもしれない
  • ずっと「専業主婦」状態であることをあまり想定していない
  • 私の今の身分を表現するのに一般的に「専業主婦」という言葉が通じやすいだけで、自分的にはあまり関係や影響がないのでわりとどうでもいいと思っている

ずっと考えてはいるのですが、なんだかコレという答えも見つかりません。

私たち世代、「専業主婦」を選ぶのって勇気がいる?

出産を機に自らの決断で専業主婦になった親友と話し合ったこともあるのですが…
私たちの世代ならではなのかな?とも推測しますが、あえて専業主婦を選ぶことって、すごく勇気がいることだなと思うのです。
私は自分が仕事を辞めて配偶者の海外勤務に帯同することを考え始めたとき、そう実感しました。

経済的に2馬力でなくなるということや、積み上げてきたキャリアを捨てる(一度ドロップアウトしたら同じ仕事、職位、給与に戻りにくいという一般的に想定される状況をイメージして、あえてこう言ってみる)こと、配偶者に何かあったら無収入になること。

そして、「女性活躍」や「共働き」が進む社会においてあえてそれをしない・できないということ。

さらに、「なんで専業主婦なの?」という質問が飛んできてそれにちょっとシュンとしそうな自分を想像して…

怖いな!!

と純粋に思いました。ここ数年は転職を視野に入れていたからいずれ勤め先を離れる心の準備はできていたけど、退職して、転職するのではなく配偶者の扶養に入るということが私の人生に起こるとは想定していなかったので、より怖さがあったのかも。

怖さだけでなく、楽しみもありましたよ!
転職となればこれまでの仕事との関連性が重視されそうだけど、いざ無職となればもう世の中の仕事選び放題かも!なんていう謎の万能感をおぼえたり。笑

ま、いっかと一旦手放す。ただ今ここにある生活を楽しむことにした

そんな背景や考え方があったので、自分が「専業主婦」であることがしっくりこないのかもしれません。
考えてもしょうがないので、いっそ今の生活を普通に楽しもう、お金も時間も体力も気力も、全部ある時期なんてそうないぞ!と思って、今はこの状況を目いっぱい満喫しています。

こんな風に気持ちを切り替えてから、やめたことが3つあります。
前置きが大変長くなりましたが、そんないわゆる「専業主婦」の私がやめたことを共有します。

「一人でも生きていける経済力が必要」に揺さぶられるのをやめた

いろんなところで目にする、「一人でも生きていける経済力が必要」という言葉。

本当にそうだと思うし、私も長らくそう思って働いてきたけれど、いざ自分が「働けない」身分になると、この言葉が胸を貫くのですね〜。
もちろん誰かを傷つけようとする言葉じゃないけれど、実行できていない身としては、この言葉を見たり聞いたりするたびに不安が湧いてきちゃうのですね。
それは私が「専業主婦」になるとき、前の項目であげたような怖さがあったからだと思います。

でも、不本意に揺さぶられて不安になるのって疲れるし、やめたいなーと思ったので、やめました。
次にしてみたい仕事もあるし、家族ビザで海外にいる限りこの場所で働けないのは事実だし、その気になれば就活して労働ビザに切り替えて働くこともできるし、もし日本に戻っても全く何の仕事もないってことはないだろうし、いざとなればバイトでもなんでもやって生きてけるはず!と思うことにしたのです。

そして、以前母が言っていたこと。
「選ばなければ、どこだって仕事はあるよ」

いや私は多少選びたいのだけど笑…なんて思ったりもするけれど、自分の夢などは置いて、がむしゃらに4人の子供をほぼワンオペで育て、その後仕事もしている母ならではの言葉だな、と無性に勇気付けられています。

一般的に言われていることを自分に当てはめることをやめた

「専業主婦」として暮らしていると、「自分で自由に使えるお金が欲しい」という気持ちがあったり、「視野が狭くなってしまうかも」という不安があるということを、親友の話やブログの記事で知りました。

でも私の場合、そういう気持ちが全く湧かなくて。
子育てをしながら「専業主婦」しているわけではないことも関連があるかもしれませんね。

そんな「あるある」に自分が当てはまらないことで気持ちが揺れ動くのもやめにしました。
「専業主婦」のことだけではなくて、他のいろんなことについて、一般的なものごとがしっくりこないことって、結構あるぞと気づいてきたので、これも同じ。
一般的な基準で自分を測ったりする必要はない、自分のペースで毎日の暮らしと、今できることに注力したらいい、今はそんな風に感じられるようになってきました。

退屈することをやめた

いかんせん、時間も、お金も、気力も、体力も十分あって、やることはないという状態なので、かなり自由な生活です。
それに海外生活なので、これまで30年あまり過ごしてきた日本で自由生活を送るのとはまた違う感覚があります。

ともすると、自宅でぼんやりテレビを見ながら、「退屈だなあ…」と感じそうな生活でもあります。
そんな風に、自らすすんで退屈しにいくのはやめにしました。

もともとそんなに出かけないし、買い物もしないし、甘いものを食べに行くタイプでもないので、外に出て行くことは日本での暮らし同様、控えめです。

だから今はなんとなく1日のスケジュールを決めて、こんなことをしています。

  • 習慣的な運動
  • ベトナム語の勉強
  • 次に仕事にしたいことの準備

働いているときに比べるとゆとりがあるなとは思いますが、それでも1日にやることを決めて実行すると、1日はあっという間です。
そして、とりわけ「次に仕事にしたいことの準備」ほど楽しいことはありません。
一気にたくさんのことはできないので、少しずつ、ひとつずつ、整えて行っているような感じです。

まとめ

私が仕事をやめたきっかけは海外で働く家族と一緒に暮らすためだったけれど、いずれ違う理由で転職なり退職なりしていたと思います。
偶然、タイミング的に、今だったし、転職ではなく扶養に入るということが起こる人生だったんだな〜と思っています。

見方を変えれば、なんでも選べる最強の状態とも言えますものね。これからどうなるのか全く分かりません。笑
でも、悪くないです。自由な生活になったとき、自分がどんな風に過ごすのかって、いざそうなってみないと分からないものだとも思います。
将来的に、配偶者にもいわゆる「専業主夫」の期間があってもいいな、なんて個人的に思っています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも参考になることがあれば嬉しいです。
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