みなさま、おはようございます。
今日もいただいたお便りのご紹介からです。
先日の紙ものと本の記事を受けてメッセージをくださいました。
ノートやメモが捨てられない
差出人:ayさん
件名: 紙ものの管理、整理方法について
美咲さん
以前のブログから見させていただいています:)
わたしも東南アジア在住、RYT200取得、本、鎌倉、自然が大好きなミニマリストです。いろんな共通点からか、毎回の記事や発信内容に「うんうん」とうなずきながら、楽しませていただいています、ありがとうございます。
わたしが唯一捨てられないのが、語学の勉強ノートや読書ノート、日々のメモで、美咲さんはどうされているのかなぁと思いメッセージしてみました。海外に住んでいることもあり、日々調べた単語は小さなノートに書き出しているのですが、見返すことがなかなかなく・・・。過去に語学(特に英語)を学んでいた際にいろいろと調べたことをまとめたノートがそれなりの量あるのですが、捨てられず。。。(時間があれば勉強しようと思いながら、ほとんど見ることがありません。)
仕事中に英語でわからないことがあっても、もちろん英語ノートを振り返ったりすることができるわけもなく、ネットでささっと調べて終わり(学生のときの勉強方法とは違ってちょっと寂しい気もしますが、お仕事ですものね。)、その単語を就業後ノートに書き出しているのですが、見返す時間はあまりなく・・・。
また、日記やメモのようなノートも、ときどき見返して要らないなぁと思ったら捨ててはいるものの、なかなか減りません。個人的には執着があるとは思えず、数ヶ月見てないし、捨てよう!と思うことは多々あるのですが、念の為内容を見返すと、捨てられなくなります・・・(笑)
美咲さんの管理や整理方法を教えていただければ嬉しいです、よろしくお願いします:)
ayさん、様々な共通点があって嬉しいです、お便りありがとうございます!
ノートやメモ、書くのが好きだからこそ手放しにくいということ、よく分かります。
私の経験ではありますが、実践していることについて共有しますね。
今までのノートはすべて手放した
振り返ってみると、まだノートを捨てられなかった頃はこのような類のノートを手元に置いていました。
- 大学、大学院時代の研究ノート
- ヨガスクールの勉強ノート
- 仕事で使ったノートや手帳の中身
- 中学からの日記
他にもあったかもしれませんが、こんな感じ。
そして使用済みのノートを手元に置いていた時は、未使用のノートやルーズリーフのストックも手元にあった記憶が。
おそらく、何かのためにノートを作りたくなった時のために、ということで手元に置いていたのだと思います。
身の回りのものがすっきりしても、自分が手で書いたりまとめたノートはなかなか捨てられなかったのです。
でもこれらのノート、今はひとつも手元にありません。
なぜ今までのノートをすべて手放したのか
手放すことにした理由は、以下の2つです。
- 勉強したことはすでに自分の身になっていると思ったから
- 自分にもしものことがあったとき人目に触れさせたくないから
証がなくても大丈夫
手書きのノートはそのまま自分の努力の証のような気がして、なかなか手放せませんでした。
とくにヨガスクールのときのノートは内容も濃く何冊にもなっていて、どこか自分の財産そのもののようにも思っていて。
しかし普段見返すことはなく、片付けのときに「これどうしようかな〜」と思いながら見返すと、捨てられない!と思って取っておく、そんな感じでした。
それから少しずつ自分でシークエンスを作ったりレッスンをするようになって思ったのが、学んだことは頭と体と心にちゃんと身についているな、ということ。
気づきや学びはどんどん出てくるから、過去のものを振り返る時間もないのだけど、でもそれでいいのかも、とも思えたのです。
それに、また勉強したいときは、そこから改めてはじめればいいじゃない、と思ったのです。
そのために過去のノートは取っておかなくても大丈夫だな、と思ったことで踏ん切りがつきました。
ちなみに、私はヨガスクールで配布されるテキストや、購入した解剖学のテキストなどもすべて手放しています。
ヨガスクールの同期に言ったことはないけれど、もし言ったら「えー!なんでそんなこと!もったいない!」と言われそうな予感です。
でも私としては、ヨガを伝える立場としての基本を教えてもらう場所だったと感じているし、ちゃんと自分のものにするくらいには当時一生懸命やったと感じています。
ここからは伝える立場であるとともに基本からさらにその先へ学びを深めるフェーズだと思うから、もうなくても大丈夫、と手放すことができたのだと思います。
その後、ノートやテキストがなくて困ったことはありません。
今また自分でヨガを深める時期に入っているので、Kindle版で本を買おうかな、と考え中です。
それに際しても、前のものを続けて使うのではなく、新しいものを今の自分の目で選ぶということの良さを感じています。
自分にもしものことがあったとき
ヨガスクールや学生時代のノートは他の誰かに見られても問題ないのですが、問題あるのが日記のこと。
日記と言ってもその日の天気や出来事を記録として書いているものではなく、思い立った時に頭のなかのことを書き出していくというものだったので、内容は気軽に人に話せることばかりではありませんでした。
中学から毎日、気持ちを書き出したくなった時に書いていたので、20冊くらいにはなっていて、かなりボリュームがありました。
一人用の住まいは収納も少ないので、これらのノートが本当に場所を取っていて…
でも読み返すと、忘れていたその時の自分の悩みとか考えとか気持ちがありありと書いてあって、宝物でもありました。
身の周りのものが少なくなってシンプルになっていくと、自然と「自分にもしものことがあったとき」についても考えるようになりました。
そのとき、私はこの日記たちが私以外の目に触れることを望んではいない、と強く思いました。
それまでは今と未来の自分がこのノートを見ることについて考えていてそれは問題ないどころか素敵なことでもあったけれど、でも他の人の目に触れる可能性もあるわけで。
ノートの中身は私の頭や心の中身そのものだったから、それは私だけのものにしておきたくて、処分する踏ん切りがつきました。
もちろん書いたことの大部分は忘れてしまっているのだろうけど、でも手を動かして書き出した大事なことは、以外と頭の中にも残っていたりします。
日記についても、処分してから後悔したことはありません。
唯一とっておくと決めているノート
今のところ唯一取っておこうかなと思っているのが、以前も紹介したこのノート。
読書で出会った心に残った言葉を書き写すためのノートです。
美しい革のカバーを外すとこんな感じ。さっぱりした白いノートです。
本の引用は日記と合わせて都度メモしていたのですが、あいにく日記はすべて手放しました。
でも本の引用を残すことがどうしても好きで、これだけは専用のノートを持つことにしました。
大きいものだとかさばるので、小さなノートで、万年筆のインクが裏抜けしにくいものを選びました。
本の引用は、けっこう頻繁に見返していて、その時間がとても好き。
引用ならもしもの時他の人に見られても構わないし、私がどんな言葉に心動かしたかが分かるから、それもいいかなとも思ったのです。
とっておくならiPadのノートアプリでも…とも考えたのですが、どうにも書くのはやっぱり紙とペンが落ち着くようです。
これも慣れなのかもしれませんが、書くのが好きなので当面はこのままの方法を楽しみたいと思っています。
手放すこと前提でノートを使っている
今使っている他のノートはこちら。
青い文庫サイズのノートは使い終わっていて、無印のB5サイズが今使っているものです。
メインの用途はベトナム語勉強用ですが、なんでも書いています。
以前はノートは用途別に分けるものだと思っていたのですが、そうすると何冊も必要になるし、最後まで使うことのほうが稀だし、ずっと取っておくわけではないから、それなら用途を分けなくてもいいじゃないと思ったのです。
だから、ベトナム語の勉強のほか、思ったことを書いていたり、その日のやることリストとか、買い物メモとか、本当に雑多に色々と書いてあります。
ベトナム語の単語や例文は見返すことがありますが、ノートはそのために使っているのではなく、書いて覚えるために使っています。
やっぱり自分で書くと記憶に残りやすく、勉強がはかどります。あとで保管することは考えていないから、綺麗にも使っていません。
単語や例文は戻って見返すこともあるのでノートに書くけれど、練習問題などは表紙の裏側とか、カフェでもらって使わなかったペーパータオルとか、そういったものにも書いています。残すことが前提ではなく「書いて覚える」ためだから、なんでもよいのです。
使い終わったらすぐに捨てるわけではないのですが、処分すること前提で使っているノートなので、なるべく土に還りそうな作りのものを選んでいます。
リングノートは分別のために外したり、針金部分は何ごみなのか調べるのも大変。
かつて愛用していたモレスキンノートもいざ処分となるとハードカバーと中身をばらすのが大変で…一般的なノートが今のところ使いやすいです。
処分する時は、そのまま捨てるのではなくなるべく役立てながら捨てたいなと思っています。
例えば万年筆のインクを充填するときにペンを拭くのに使うとか、シンクに流すのをためらう油分等を染み込ませてからごみに出す、などなど。
まとめ
ayさんからのお便りにお答えするかたちで、私なりのノートやメモとの付き合い方について書きました。
少しでも参考になれば嬉しいなと思いますが、このあたりはものの片付けのなかでもそれぞれの考えが出ますよね。
どうかご無理なく、ご自身にとって一番心がすっきりする方法を選んでいただくのがよいのかなと思います!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。