私が今年の目標を決めない理由

well-beingな生き方

みなさま、おはようございます。
新しい1年になって1週間が経ちましたね。

「今年の目標」「今年のテーマ」「今年やりたいこと」などを考えて、さっそく実践されている方もいらっしゃると思います。素敵です!
私もこれまでは「〇〇を習慣にする」「〇〇の資格を取る」「テーマは〇〇」など設定していたのですが、今年は10代以降のこの20年で初めて、「今年の目標を決めない」ことにしました。
その理由はこんなこと。深堀りできているわけではなく、どちらかというと複合的な理由によってふんわりそうした、という感じなので、箇条書きで。

・(ワクワクすることでも)決めたことをやろうとすると義務になる

・「目指すものを決めてそれを達成する」という習慣に飽きた

・「決めたことをやる」のではなく「思いついたことをしてその余白にある発見を楽しみたい」

・目指すもののないただ居心地の良い状態にいる自分の変化を見たい

などなど、こんなことが思いついたことでした。
そしてもうひとつ、大きな気づいたことがあって。
それは、「習慣のなかにすでにやることがいっぱいある」ということ。

・朝のヨガの練習

・毎週末のルーティーン(掃除、手紙を書く、ブログを書く、お寺へのお参り)

・年間100冊を目安に本を読む

・宅配で届く自然栽培野菜を無駄なく使うため毎日自炊

・週5日、8時間は仕事

こんなふうに、私の生活のなかにはすでに「やること」が十分たくさんあって、その習慣のつみ重ねによって心身の健康や住環境の維持、思考のアウトプットなどが出来ている。
必要なことがすでに習慣のなかに組み込まれているのだから、そこにさらにプラスしていくのではなくて、マイナスしたり、その状態を楽しんだり、そういうことに注目するのもいいかなあ、なんて思ったのです。

12月くらいからこの感覚は続いていて、良いなと思ったことを「ルール」に設定するのではなく、ただ良いなと感じて、続けたければ続けるし、続かなくても良いという感覚は残るようにしたらなんか楽しい、ということがいくつかあります。

・週末だけでなく気づいた時に床を水拭きすると気持ちいい(あえて「毎日水拭きする」にしない)

・朝のヨガの練習はマットに立ったらOKだし、準備運動だけでもいい(結局太陽礼拝Aはほぼ毎日している)

・朝のヨガのあとは鉄瓶でいれた白湯を飲みながらノートに思うことを書く(毎日やると決めているわけではないけれど落ち着くので結果的に続いている、忘れてもお咎めなし)

そんな感じで、たくさんのことを「目標」「テーマ」「やりたいこと」にしてしまいがちな私とちょっと距離を置いてみる、そんな感覚で今年一年は過ごしてみることにします。
これ自体が、すでにテーマっぽくない?という心の声も聞こえてくるけど、気にしない気にしない。笑
良い一年にしてまいりましょう!

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