9年半続けたTwitterをやめることにしました

エッセイ

みなさま、おはようございます。

先日Twitter(もはやそう呼ばないのかしら)でもお知らせしましたが、Twitterアカウントを閉じることにしました。

このアカウントでは、実に9年半…!

大学生から社会人の序盤あたりまでは、プライベート用のアカウントも持っていたし、そもそも、Twitterが世に出て間もない当時16、17歳のときにも、ウェブニュースか何かで見てアカウントを作っていたのです。(たしか日本語版ではなかったような?当然周りの誰も使っておらず楽しめなかったのですぐ閉じた。笑)

この記事では、Twitterをやめることについて、今思うことを書きたいと思います。

なお、私はアカウントを閉じることにしましたが、これからも続けていく方や、新しく始められる方に対して否定的な考えは一切ありません。あくまで私の体験として、こんな考えや過程があったのです、ということを共有したくてこの記事を書きました!

Twitterを始めた3つの目的

やめることを考え始めたとき、思い出したのは、始めたときのことです。

  • 情報発信
  • 情報収集
  • 交流

私にとってはこの3つが主な目的で、Twitterはその手段として活用し始めたのだと思います。

ブログ用のアカウントを作って、ブログよりも気軽に、自分や、もしかしたら見てくれた方もちょっと楽しくなるような情報発信ができたらと思っていました。

また、私は写真や動画を扱うよりも文章の方が好きなので、Twitterが合っていたのだと思います。

情報発信するうちに、私がフォローする方も増え、その方々とのやり取りが増え…というふうに広がっていきました。

なんでTwitterをやめるの?

  • 情報発信
  • 情報収集
  • 交流

やめる理由は、この3つをTwitter上で行うべき意義が、自分のなかで小さくなってきたと感じたからです。

情報発信

Twitterだからできることもいっぱいあったし、いつの間にかたくさんの方に見ていただくようになっていました。

そして何より、私自身の憩いの場でもありました。
ちょっと思ったことを書いておくとか、綺麗な写真を他の人にも見てもらうのって、シンプルに良いですよね!

ブログではなくTwitterを楽しみにしてくださっていた方もいたと思います。
でも私自身が、ツイートをすることに前ほどの楽しさを感じられなくなってきている、ということもあるのです。

以前よく投稿していたような、前向きでモチベーションの上がるような投稿をあまりしなくなったということもあります。(そして今の私はその状態が心地よかったり)

自分の変化も感じて、情報発信の手段をブログのみに絞ってもいいのかも、と思うようになりました。

情報収集

日々たくさんの情報が流れてくるけれど、でも改めて自分の手元だけ見てみても、捌き切れないくらいの量が常にあることに、次第に違和感を覚えるようになりました。

また、SNSという枠組みの性質上当然とも言えるけれど、信憑性に欠ける情報も多いので、それに否応なく振り回されてしまうこともあると感じました。

自分が欲しい・必要だと思う情報だけでなく、必要でない情報にもとめどなく触れさせられてしまうので、今思うと、なんだか無意識に気疲れしてしまうようにも思います。

交流

素敵な方々の日常のつぶやきが見られなくなるさみしさはあります。

でも、私はブログを続けるので、Twitterでの繋がりがなくなったからといって、ご縁のすべてがなくなるわけではないし…という思いもありました。

一方で、Twitterをやめたらなくなる繋がりも、それはそれでいいじゃない、という気持ちもあります。同じ場所で、ひとときお互いに良い時間を過ごせたのなら、それにも十分価値があったと私は思っています。

やめようと決めて気づいたこともあった

「やめようかな」と考えるようになり、「やめよう」と決めてから、気づいたことがありました。

私にとっては、Twitterは楽しかったし、平和な場所でした。嫌な思いをしたことも、あまりなかったと思います。

それでも、いざ「やめよう」と決めたあとの自分でログインしてみると、「もう、こう思わなくていいんだ」と思っている自分に気づきました。

  • 心揺さぶられるニュースがないか
  • 通知がどのくらい来ているのか
  • 不安になるリプライやDMが来ていないか(ほとんど来たことがないのに、自然と身構えていたことに気づく)

などなど。

現在のプラットフォームの体制への不安や、私は好きだったTwitterというブランドが運営側に大事にされなくなってしまったことへのかなしさもありますし…

それももう、自分ごとでなくなるのだなと思うと、ちょっとほっとするような気持ちもあるのが正直なところ。

もしよければ、ブログでお会いしましょう!

ブログは、たとえ見ている人がいなくても、私は勝手に書いていると思います。
いいねやリツイートのようなものがなくても、全然構わないのです。(むしろその方が、気楽なところだってある!)

これまでTwitterでつぶやいていたちょっとしたことも、ブログの文章に含めたり、ときどき書き換えているブログ記事の最後の吹き出しに書きたいと思います。(吹き出しは、これです)

私のブログはTwitterから来てくださる方も多いから、Twitterをやめることは集客にとって大損失とみなされるのかもしれないけれど…

そもそも、集客とかビジネス的な観点でブログを書いているわけではないので、見たいと思う人が見てくれたら、私はそれで十分です。
見たい人は、どうやったって探し出してくれるし、見てくれると私は思っています。

もしよかったら、これからもときどき、ブログに遊びに来てくださると嬉しいです!

まとめ

9年半続けたTwitterをやめることについて書きました。

なんとなくそう考え始めた時から、ある種直感的に決断したと自分では思っていたけれど、意外と理屈っぽくも考えていたのだなあ、と書きながら思いました。最後のひと押しがフィーリング的なものだった、という感じかも。

何か参考になることがあれば嬉しいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

日めくりカレンダーの残りがいよいよ少なくなってきたなあ
エッセイ