またもやお久しぶりの記事になりました!
今回は、海外生活(「駐妻」生活)と英語について書いてみたいと思います。
私の英語力
本当はこのように箇条書きにして表したくはないのだけれど、私の英語に関する情報はこんな感じ。この後の話に必要なので、書いておきますね。
- 10代の頃から英語学習が好き
- 留学経験は無い
- 社会人になってからも勉強を続けている
- 仕事でも1年半使っていた(TOEIC900点)
- ひとりでの海外旅行も問題ない
こうやって書くと、天性の言語的才能があり、苦労せずめちゃくちゃ英語が出来る人みたいかもしれないけれど、自分として感じるのは、全然そんなイメージではないのです。今もいろんな局面で、「うおー!全然できてないじゃないかー!」と感じること多々。
でも、努力してきたということは自信を持って言えます。この20年以上、ずーっと勉強し続けているので。
しかもですね、私が自分の英語学習歴を振り返って思うのは、社会人になってからの方が英語力が伸びているということ。
学校で学んできたことを実践で使い、その実践で必要なことを新たに学ぶ…というサイクルを何度も繰り返したことで、より身についたと感じています。
だから、学校での英語学習や成績がどうだったかよりも、自分の実践に必要な学習ができているかどうかと、日々アンテナを張りながら、もうただ単に長く勉強しているというその2点が、私にとっては大きなポイントだったのでは?と感じています。
ここで申し上げておきたいのですが、「どうやって英語を勉強していますか?(自身の学習に活かしたい)」「何をすればいいですか?(どうやって勉強すればいいか分からない)」という質問には、残念ながら私は答えられません…!英語学習のアドバイスをするに足る知識を私は持ち合わせていないので…!
海外生活、英語は要る?
これは結構聞かれることだし、英語圏に居住しているのかどうか、またその人のライフスタイルによってかなり異なると思うのですが…
あくまで今の私、一般的に「駐妻」と言われる状況でベトナム都市部に暮らしている場合に限定すると…
英語(またはベトナム語)は出来なくても生きていけるし楽しめる!でも、出来た方がいい。
というのが私の意見。
翻訳アプリもあるし、人って言葉以外の情報(ボディランゲージや表情など)でも意思の伝達ってしているのですよね。
それに、「買い物」とか「レストランでの注文」という場面はやり取りの内容が限られるので、話さなくても、指さし等でなんとかなる場合も多いと思います。
なので、語学力に自信がなくても、意外と行ける!ということはたくさんあるし、それが現地での生活に支障をきたす、ということはそんなに無いのでは?と思っています。
だけれども!
英語または現地語が分かると、自分で出来ることが増えるし、物事をスムーズに前に進められるし、不安が減るし、人との接触や出会いにオープンでいられる、などなど、良いことがいっぱいあるとは感じます。
「駐妻」になって英語力は伸びた?
「駐妻」と呼ばれる身分になって3年、英語力は伸びたのかというと…
私の場合は、伸びてます!
でもですね、これも人によります。
留学やワーキングホリデーなどで外国に居住したことのある方には分かってもらえるかと思うのですが、ただ住んでいるだけでは、別に言語スキルは上がらないと思います。
もし留学やワーホリで英語力が伸びた!という人がいるならば、それはその人自身が努力して、実践で使う機会をたくさん作ったからに他ならないと思う。駐在や帯同の場合も同じです。
私の場合、もっとも感じるのは、「簡単だけど伝わる英語に変換するスキル」が身についたということ。
どういうことかというと、なるだけ簡単で正しい英語で会話するスキルがレベルアップした、ということです。
…と言っても、単語だけ並べて意図を汲み取ってもらおうとするとか、曖昧な文法で伝えようとするとかではないです。
今私が生活しているベトナムもそうだし、よく旅行する東南アジア諸国の多くもそうですが、英語はお互いにとって外国語です。
そのような状況とお互いの英語力のバランスを見極めつつ…
説明したり、尋ねたりする場面では、耳慣れない単語を使うのではなく、それをなるべく平易な言葉で伝えようとしたり(分からない英単語を英英辞典で引いたときの説明文のような感じ)、込み入った文法ではなく、シンプルな正しい文法で伝えるようにする、会話の最後には内容を要約してお互いに認識が同じことを確認する(またはメモや写真に残す)、などの工夫をする力が身についたと感じます。
でもこれって、面白いことに、ベトナム語学習をしたことによる相乗効果かも、と思っています。
私のベトナム語力はいまだ初級の域を出ないので、込み入ったことを伝えたいときは、知っている単語や文法を総動員して伝えることになります。でもこれが、思ったよりも多くのことを伝えられるのですよね。このことが、私の英語力にも良い影響をもたらしているのだと思います。
現地語学習で英語の自信が増した
ベトナム語と格闘することで、英語にも変化が生じたということを書きましたが、それともうひとつ感じることがあって。
それは、気持ちの問題として、私の中で、英語がめちゃくちゃ通じる言語に格上げされたということ。
ベトナム語を学習し実生活で使うことで、通じて嬉しい!という体験の100倍くらい、「くう〜!聞き取れない!通じない!」という経験をしています。
そうすると、「安心しろ私のベトナム語に比べたら英語は全然使えるぜ」という自信が湧いてきて、英語へのハードルが格段に下がっていることに気づきました。
大学時代にも別の外国語を学んだけれど、そんなふうに思ったことはないので、実際に外国に住んでみたからこその考え方の転換かも。
英語力よりも大事なこと
「英語または現地語が出来なくても大丈夫だし楽しめる、でも出来た方がいいと個人的には思うよ!」という話をしましたが、でもですね、英語力よりも、もーっともっと、はるかに大事なことがあると思うの…ということを言いたい…!
何かと言うと、人柄。
仕事で英語を使っていた時も感じていたし、今も実感することが多いのだけれど…
言語が英語になっただけで、質問、相槌、返答、表情、相手へのリスペクト、気遣い、などなどは、日本語で話す時と全く同じその人の人柄が出ると思っています。
もちろん英語ができればできるほど、より詳細に「自分はこういう人」「相手はこういう人」というのを理解し合うことができるけれど、もし仮にかなりカタコトの英語だったとしても、意外とその人の人柄というのは的確に伝達されるなぁ、というのが私の意見。
想像してみてくださいね。
ある食事会の参加者に、カタコトの日本語を話す外国出身の人がいたとして…
言葉は伝わらないこともあるけれど、笑顔で優しくて、こちらに興味を持ってくれて、一生懸命打ち解けようとしてくれる人のことを、「うわー面倒くさ」ってなりますか?…別にならないですよね?
一方で、日本語のレベルが高くかなり流暢に話せる外国出身の人がいたとして…
お互い意思疎通はほぼ完璧にできるけれど、失礼だったり、攻撃的な態度や言動が多かったら、「うわー面倒くさ」ってなりませんか?
…そういう場面をかなり経験してきて、英語力に自信があろうがなかろうが、交流や人間関係に大きく影響するのって、語学力ではなくむしろ人柄…!と私は思っています。
「完璧な英語」ってなんだろう
冒頭の私の英語力紹介で、TOEIC900点と書きましたが、実際のところ、こんなことばっかりなんですよ。
例えば…
言った後に「あそこ文法間違えたな」と反省し、テキストメッセージを書いた後に「ここ三単現のsが抜けてるぜ」と反省し、自己紹介文で”I’m a art lover.”と書いて”an art lover”ですねと指摘してもらう…!初歩中の初歩!!
そう、こんな調子なんですよ。こんなことはざらにあるのです。
でもね、それでもいいんだ、そうやって少しずつ気づいていければいいんだ、って今は思えています。
そう思えているのは、日常生活や旅先で、他の人の英語に触れる機会が増えたからかもしれません。
例えば、英語圏にある大学を卒業したらしい非英語ネイティブスピーカーのツアーガイドさんの英語に触れた時など…
はじめは、自信のある話し方が魅力的で、美しい発音に驚いたのですが…
「ん?!今文法おかしかったな?!」「意外と単語繋げて言ってるだけだぞ!?」「スラングや際どい冗談でこなれた雰囲気出してるけどこの場には不適切では?!普段どんなシチュエーションの英語に触れて、どんな状態を目指しているのだろう?(ほらね、こんなふうに、人柄の方が大事なんです!そういう発言があると、相手への信頼度ゲージが全然上がらない)」というようなことが、結構あるのですね。
まあそれでも、ほとんどの場合意思疎通はできるし、とくに問題ない。完璧な英語でなくても全然大丈夫。
そう、みんな意外と、「完璧な英語」なんて話していなくて、そう見えたり聞こえているだけのことも多いと気づいたのです。
そもそも、「完璧な英語」ってなんでしょう?
私は日本語のネイティブスピーカーだけど、完璧な日本語を話せるかと改めて聞かれると、YESとは言えないなと思う。
いまだに何も見ないで薔薇って書けないし、たまに助詞間違っちゃうし、「タイパ」って単語は知っているけど使ったことはないし実は意味をちゃんと分かっていない…
言語ってそういうものですよね。
だから英語力のレベルに関わらず、実践の場を重ね、少しずつレベルアップして行けたらそれでいいのでは?と私は思っています。
今の私の課題
ここからは、今の私が感じている課題について共有します。
ともに英語学習する方の参考になったらといいなと思いつつ…!
英語ネイティブスピーカーの日常会話について行こう
私の目下の課題はこれです、英語ネイティブスピーカーの本当に自然な会話についていけるようになりたい…!
正直、それができればもう大丈夫なのでは?どんな場面でも心配することないぞ?と思ったりもしています。(いやきっとその立場になったらまた新たな課題が見えてくるのだろうな…)
というのも、母語が英語ではない方と話す時は、お互い英語が第一言語ではないこともあって、聞き取ってもらいやすいように、大きな声で、はっきりと、伝わりやすい言葉選びで会話することが身についているので、特に問題はないのですが…
一方で、英語を母国語とする方と会話する時は、自己紹介の時点で「英語大丈夫だね」と判断されると、めっちゃくちゃ速いスピードかつ聞き慣れない単語もあったりするので、体感85%くらいの理解度なのですね…!そこを95%くらいまで上げて行きたい。
また、いまだ「英語うまいね」「どうやって勉強したの?」と言ってもらうことがあって、嬉しい反面、わたくしはまだこのフェーズか…!と思うのも事実。
もし私の英語のレベルがもっと高かったら、おそらく相手は「英語うまいね」なんてそもそも言わないと思うのです。日本語ネイティブ同士の会話で「日本語力高い〜!」なんて言わないように。
また、私は日常会話よりはビジネスでの英語の方が慣れているので、日常会話に必要なスキルがまだ不足しているとも感じています。
ビジネスだと、会話でも電話でも会議でも、そんなに長く話し続けるということはなかったのですが…
今は、食事の席で3時間ずーっと英語でカジュアルな会話をし続けるというようなシチュエーションに遭遇していて、こういう場面に慣れることが必要だなと感じています。
カジュアルな会話では、どんな話題になるかも分からないし、瞬発力とスピード感、柔軟性が求められる。今は緊張感増し増しでなんとか食らい付いている感じなので、もう少しリラックスして話せるようになりたい。
相手の出身国や都市のことを話そう・聞こう
自己紹介の時に言ってもらって嬉しいのが、「日本行ったことあるよ!/行ってみたいんだよね!」「日本は好きな国のひとつだよ!」ということ。
そう言ってもらえるだけで受け入れてもらえるような安心感があるし、こんなに嬉しいんだな〜と実感することが多くて。
そんなときはいつも、世界中を旅している友人や、複数の国に住んだ経験がある友人を、強いー!うらやましいー!と、尊敬の念を込めて思い出します。
だってもしも私が有名な観光地ではない国や町の出身で「行ったことあるよ」「住んでたよ」なんて聞いたら、「え?え!え?!え!!?来たことあるの?まじで?日本から?なんで?ほんと?!」ってなって、嬉しさのあまり泣いちゃいそうです。
でもですね、行ったことなくても、住んだことなくても、こんな声かけの仕方もいいかも?と思うのです。例えば…
「あなたの国で作られたこの映画が好き!」「あなたの国出身の作家の本が面白かった!」「あなたの国のこのアーティストのファンです!」と伝えるだけでも、知ってくれてるんだ、興味を持ってくれてるんだ、ということは十分伝わります。
もし相手の出身国についてまだあまり知らなくても、「いいね!どんなところなのか教えて!」と伝えることができたらそれも素晴らしいことです。
そして、もう全然忘れてしまっていたとしても、もし相手の国の言葉を勉強した経験があるのなら、そのことも恐れず伝えていこう、と最近の私は決心しています…!
実は私、レベル感はいろいろですが、英語とベトナム語以外にもこれまで4ヶ国語を学んでいるのですが、いつもそれを隠しています。
というのも、6年間大学で中心的に学んだ言語でさえ、もう10年以上使っていないので、その知識は忘却の彼方…!リスニングとリーディングはまだかろうじてマシですが、スピーキングとライティングは学び直さないと出来ないぞ…?というレベル。
でも先日、大学時代に5年間日本語を勉強していたよ!という方に出会ったことで、考えが変わりました。
その方も「勉強してたのはもう10年以上前だから全部忘れた!」と言いながらも、「煙草を、吸いに、行ってくる!」「カレー、大好き!」など日本語で話してくれて、とっても嬉しかったのです。
私は、「大学で6年も学んだのにこのレベルなんて恥ずかしい」「学んだと伝えたところでもう話せないからなぁ」などと自分のことばかり考えていたけれど、この友人は相手のことを考えているのですよね。
それに、たまに日本語で話したり、日本文化のことが話題に上がってももちろんいいけれど、基本は英語での会話で良いのだし、日本に関連すること以外もたくさん話すから、日本語で会話が出来なかったとしても、双方には何も問題ないのですよね。
これからは、「大学で6年学んだけど全部忘れた!」「1年だけ勉強したよ!」と言いながら、覚えている文章や単語を披露したり、何を勉強していたのかということを共有して、あなたの国好きだよ、とても興味を持っているんだよ、ということを伝えていこうと思います。
ユーモアを発揮しよう
これは本当に感じていること。ユーモア力を身につけたい…!
先の日本語が分かる友人、ユーモアもあるのです。
「KAT-TUNのTatsuya Uedaが好き。AkanishiでもなくKamenashiでもない、Uedaだ」「聞いて、私、SEIYU(西友)で1ヶ月働いた」などなど、つい吹き出してしまう情報を教えてくれて、私もこうなりたい…!と思いました。
英語でもその他の言語でも、ユーモアあることを言うためには、まず日本語でも私自身が面白くならなくては…!と思っています。でも具体的な方法は分かりません。この記事をアップしたら、ユーモア力の高め方を検索してみたいと思います。
自分の話をもっとしよう
これは最近気づいたことですが、普通にしていると私は聞き役に回ってしまいがち。
英語力にそこまでの自信がないからか…?とも思ったけれど、よく考えると、日本語でも、日本人の友人と話していても、聞き役の方がやや多いタイプなんだなと気づきました。
よほど共通の話題が多いか、相手が自分と似ているタイプであれば、自然と五分五分の会話量になるのですが、そうではない限り、相手の話を広くしたり、深くしたりして聞くことが多くなりがち。
言語が変わっても、どちらかというと自分の意見やスタンスをはっきり示すほうだけど、でも英語で会話するときは、とくに意識して、自分のことや考えを話していくようにしたいと思っています。私との会話の中で、相手にも新しい発見や面白い視点を見つけてほしいから。
まとめ
小学校2年生のとき、同じクラスのユイコちゃんが家族の仕事の関係で外国に引っ越すことになって、そのことがものすごくうらやましくて、家に帰って、うちもそうなる可能性はないのかと両親にしつこく訊いたことがありました。
その可能性はないらしく、じゃあ自分でなんとかしよう、そのためにできることってなんだろう、と強く心に刻んだことを今でも覚えています。
そんな7歳の私に教えてあげたい。
ずーっと英語の勉強を続けていたら、外国に暮らして、いろんな国出身の人たちとブランチしながら英語で話す未来があるよと。ちゃんとここまで来られたよと。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
何か参考になることがあれば嬉しいです。